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雨が降っている

 雨が降っているのでブログを書きます。

 どうやら一年以上放置していたらしく、自分自身このブログの存在を完全に忘れていた。読み返してみると開設当初からしきりに「書くことがない」とか言っていて、それはこれを書いている今日この瞬間も変わりない。何も書くことがない。相変わらず小説が書けていない。仕事も見つかっていない、いや、もはや見つける気もない。アニメさえろくに観ていない。世界に向けて報告することが何もない。果たして、何もない人間が何かを書くということができるのだろうか?

 

 傘が嫌いだ。憎んでいるとさえ言っていい。

 まず片手が塞がる。これは心を失った人々が行き交う都市をサヴァイヴするのには致命的なディスアドバンテージだ。そして、ひとたび雨が止めばその瞬間にゴミと化す。加えて、すぐなくなるし、すぐ盗られる。雨の日、コンビニの入り口にこれ見よがしに傘立てが置いてあるのを見るたびに俺は苦々しい気持になる。さも「ここに傘を立てろ、床が濡れるから店内に持ち込むな」と言わんばかりの傘立て。よしわかった。ここに傘を立ててやるとしよう。それで、誰かに盗まれたら、あるいは悪気はなくとも間違えて持っていかれたら、お前らは責任をとってくれるのか? 人を馬鹿にするのも大概にしろ。

 何年か前、ツイッターの某フォロワーと会ったとき(その日は雨が降っていた。もちろん傘は差していなかった)、「傘差さないんですか?」と訊かれた(記憶が確かなら、その人も傘を差していなかったのだが)ので「傘が嫌いなんです」と言ったら、「それ面白いですね」と言われた。そうかもしれない。その日のことをたまに思い出し、そのたびに思うのだ。

 傘が嫌い。それだけが、俺という人間の唯一のユニークな点なのではないか?

 

 小説がすらすら書ければそれがいちばんいいんだけど、現状そうではない。ツイッター以外でこうしてまともに(まともか?)文章を書くのも何ヶ月ぶりかという有様だ。こんな文章を書くのさえ、実のところわりと苦労している。それでも、こうして人に読んでもらうことを意識して文章を書いたということに、ひとまずは意義を見出したい。

 今日は雨が降っていたので、傘について書くことができた。先にも書いた通り、傘については思うところがあるから。雨が止んだら、そのとき俺は何かが書けるのだろうか。ところで、書いている途中に夕飯の時間になったので夕飯を食べて戻ったら雨止んでたんですよ。ぶっ殺すぞ。