読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕はブログが書けない

現在

実を言えばこれが人生三度目のブログ開設である。

最初のブログは、よくは憶えていないが、詩を書いたり好きな小説や漫画の一節を引用して並べたりする感じのやつで、そんなに悪くなかったんじゃないかといまでは思う。数年に一度、ネット上のあらゆる自分の痕跡を消し去りたいという衝動に駆られるのだが、おそらくはその一環としてそのブログも削除されたのだろう。よく憶えていないが。

その何年後かに、はてなでブログを開設した。「はてなやってると頭よさそう」みたいな頭の悪い理由だったと思う。このときは、結局ただの一度も記事を書かないまま、泣きながらはてなのアカウントごと削除した。すでにツイッターをやっていたので、それでほとんど承認欲求が満たされてしまっていたというのもあるだろう。悲しいことに、「何か書いていないと死ぬ」というような切迫した、内なる熱情が自分には一切ないのだ。そのことを強く自覚するとともに、ブログ恐怖症みたいになって、長らく他人のブログを閲覧するのもつらい感じになった。

そしていまである。なぜいま、苦手意識のあるブログにふたたび手を出そうとしたのかというと、深い理由は別になくて、ツイッターのみんながはてなブログでわいわいしてる(わいわいはしてないかもしれない)のを見て、かなり羨ましかったからだ。いまでもブログに対して強い苦手意識があるし、もはやライフラインになっているツイッターに比べれば、いまさらブログを始める意味など皆無に等しい。正直に言って、こうして記事を書いているいまも、「なんでブログなんて始めたんだろう……」と自分の判断に強い疑念を抱いている。ツイッターでさえ書くべきことがないのに、況やブログにおいてをや、である。いま自分が揺るぎない信念をもって書けることがあるとすれば、NTRとかエロ漫画とかについてしかなく、それすら、現状ではツイッターで事足りている。小説も書かなくなって久しい。ブログに書くことが何もない。なので、こうして最初の記事から「書けない」ということを書いているわけだ。なんでブログなんて始めたんだろう……。

 

これは数年前のリベンジであり、ブログのタイトルもそのときの、一度も使われることのなかったときのものを再利用している。いろいろごちゃごちゃ言ったが、先にも言った通り、最初のブログはなかなか悪くない方向性だったと思っているので、これもそのような向きになるのかもしれない。あるいは、これが最初で最後の記事ということも現時点では大いにありうる。とりあえずは、深く考えないでやっていきたい。考えすぎて良いことは何もない。これは自らの乏しい人生経験から導き出した、ほとんど唯一の真実である。